ネコが水を飲まない理由 Why the house cats ignore a water bowl?

猫を見ていてこんな風に思ったことはありませんか?
お皿に入れた水が、夕方になってもほとんど減っていない。心配になって新しい水に取り替えても、フンッと鼻を鳴らして素通り。「え、美味しくない?」とショックを受けることもあります。
犬がガブガブと豪快に水を飲むのに対し、なぜ猫はあんなにも水に対して「塩対応」なのでしょうか?
実はこれ、単なるワガママや気分の問題ではありません。彼らの小さな体の中には、数千年にわたる壮大な進化の歴史と、砂漠を生き抜くための驚異的なサイエンスが隠されていたのです。
猫が水を飲まない「深すぎる理由」と、科学者たちが思わず唸った、あの優雅な水飲みアクションの秘密に迫ります!
1. 先祖はハードボイルドな「砂漠の民」
イエネコ(Felis catus)のルーツを辿ると、中東の砂漠地帯に生息するリビアヤマネコ(Felis lybica)に行き着きます。
想像してみてください。見渡す限りの砂と岩。照りつける太陽。水飲み場なんて、オアシスでも見つけない限りそうそうありません。
そんな過酷な環境で生き抜くために、彼らの体はとんでもない進化を遂げました。
驚異のスペックその①:スーパー濃縮腎臓
砂漠で生きる上で最も重要なミッション、それは「体内の水分を逃さないこと」です。
多くの哺乳類は、体内の老廃物を尿として排出するために、ある程度の水分を一緒に捨てなければなりません。しかし、砂漠でそんな贅沢な水の使い方をしていたら、あっという間に干からびてしまいます。
そこで猫の祖先たちは、腎臓の機能を極限まで高めました。彼らの腎臓は、尿から水分を再吸収する能力が異常なほど高いのです。
人間がビールを飲んだ後に行くトイレとは訳が違います。猫は、体内の水分をギリギリまでリサイクルし、非常に濃い、凝縮された尿を作ることができるのです。その濃縮能力は、人間の約2倍とも言われています。
つまり、「そもそもそんなに水をガブガブ飲まなくても生きていける体」として設計されているのです。彼らにとって水は、貴重品すぎて、滅多に口にしないヴィンテージワインのようなものなのかもしれません。
驚異のスペックその②:食事=水分補給
では、全く水分をとらなくても平気なのかというと、さすがにそうではありません。
野生のリビアヤマネコは、主にネズミや小鳥などの小動物を狩って生活しています。生肉の水分含有量は約70%前後。つまり、彼らは「獲物を食べることで、食事と同時に水分補給も完了させていた」のです。
「喉が渇いたから水を飲む」という感覚よりも、「お腹が空いたから獲物を食べる(結果的に水分も摂れる)」というライフスタイルが、彼らのDNAに深く刻まれています。
これが現代の飼い猫たちにどう影響しているかというと…そう、ドライフード問題です。
カリカリの水分量はわずか10%程度。本能的には「食事で水分は足りてるはず」と思っている猫にとって、ドライフード生活は慢性的な水分不足に陥りやすい環境なのです。それなのに、ご先祖様の記憶が「わざわざ水飲み場に行って水を飲む」という行動を後回しにさせてしまう。なんとも悩ましい進化のジレンマです。
2. 科学者が驚愕!重力に逆らう「神業飲み」の秘密
猫が水を飲まない理由は分かりましたが、いざ飲むとなった時の、あのピチャピチャという仕草。犬のように舌をスプーン状にしてすくい上げるのとは違い、なんだか優雅でミステリアスですよね。
実は、この猫の「飲み方」にも、驚くべき物理学が隠されていました。
ある大学などの研究チームが、高速度カメラを使って猫の水飲み行動を徹底的に解析した研究があります。
猫は舌をスプーンのように使っているのではなく、舌先を「Jの字」に曲げて水面に軽くタッチし、素早く引き上げているという事実でした。
- 舌先を水面に触れさせる。
- 瞬時に舌を引き上げる。
- すると、舌と水面の間に生じる「表面張力」と、引き上げる「慣性力」によって、水が舌にくっついて柱のように立ち上がる(ウォーターカラム現象)。
- この水の柱が重力に負けて落ちてしまう前に、素早く口を閉じて飲み込む。
これを1秒間に約4回という猛スピードで繰り返しているのです。
研究者たちは、この絶妙なバランスを「重力と慣性力の綱引き」と表現しました。猫は、水がこぼれ落ちるギリギリのタイミングを本能的に知っており、最小限の労力で効率よく水を口に運んでいるのです。
ただ水を飲んでいるだけに見えて、実は高度な流体力学を駆使した神業を披露していたとは…。さすがです。
3. それでも飲んでほしい!対策
進化の歴史と体の構造上、積極的に水を飲もうとしない猫たち。しかし、現代の食生活では、特に腎臓病や尿路結石のリスクを考えると、十分な水分摂取は不可欠です。
科学的な知見から、彼らに少しでも水を飲んでもらうためのヒントをいくつか紹介します。
- 「動く水」は新鮮の証:野生下では、止まっている水たまりは腐敗しているリスクがあります。彼らは本能的に、川のように「流れている水」を新鮮で安全だと感じます。循環式の給水器が効果的なのはこのためです。
- ヒゲへの配慮(ヒゲ疲労):猫のヒゲは超高感度センサーです。水を飲むときに容器の縁にヒゲが当たると、それをストレスに感じて飲むのをやめてしまうことがあります(ヒゲ疲労)。広くて浅い、ヒゲが当たらない容器に変えてみましょう。
- 置き場所の妙:食事場所とトイレ、そして水飲み場が近すぎると嫌がることがあります。野生では食事場所(=獲物の死骸がある場所)や排泄場所の水は汚れている可能性があるからです。水飲み場は複数箇所、静かな場所に設置するのがおすすめです。
まとめ
猫が水をあまり飲まないのは、彼らが過酷な砂漠を生き抜いてきた「進化の勲章」とも言える体の仕組みのせいでした。そして、その稀少な水飲みシーンでは、物理法則を利用した芸術的なテクニックを駆使しています。
「なんで飲まないの!」とヤキモキする前に、「さすが砂漠の王族の末裔、今日も省エネモードですね」と敬意を払い、彼らの本能を刺激するような水飲み環境を整えてあげることもよいかもしれません。
参考文献
1.The domestic cat; the biology of its behaviour (Chapter on feeding and drinking),Turner, D. C., & Bateson, P. (Eds.). (2013),
2.Urine concentrating ability in the cat,Doris, P. A., & Baker, M. A. (1981). Am. J. Physiol.
3.How cats lap: water uptake by Felis catus,Reis, P. M., et al. (2010). Science
4.Drinking behavior in the cat (Felis catus),K. A. Houpt. (1991). J. Vet. Behav.
5.Water requirements and drinking behavior in cats,Verbrugghe, A., & Hesta, M. (2017). Veterinary Focus
6.The Near Eastern Origin of Cat Domestication,Driscoll, C. A., et al. (2007). Science

